虐待を訴えた治右衛門家の飼馬
どんな伝承か
名古屋の三好想山が江戸からの帰国の途中に大磯を通り、そこで馬が人語を発した話を耳にし、さらにこの地で、平塚村の北半里のマサ村の材木商治右衛門なる者の飼馬が人語を発した事跡も聞いた。治右衛門の息子の錠五郎は気の荒い人間で、無体に飼馬を虐待していたが、ある夜、その老母が手水に立って厩の前を通ると、鹿毛の馬が、毎日の荷が重いのは大儀でもないが、この家の息子に毎日腹を蹴られるのが辛いと言った。母親は驚き恐れ、以後この馬を楽な方面に差し向けることにした。錠五郎と友達の馬士谷五郎から直接聞いたと記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期(1927))
心霊研究家・岡田建文が昭和二年(一九二七)に著した『動物界霊異誌』。現代物理は宇宙の大物理の末梢に過ぎぬとの立場から、動物の霊異を迷信的虚妄として退けず証明すべき事例として収集する。蝦蟇(ヒキガエル)の章では、蛇を埋めてクリ茸を生やし食う怪(島根波根東村)、背に五寸釘を刺され口から怪光を吐く大蝦蟇(会津若松龍田屋、同時に幼児が高熱)、猫を灰色の液汁に溶かす怪(石見久利村)、慶応二年に浄土寺へ夜ごと現れた武士の正体が蝦蟇だった話を収める。