東寺の辺りで大入道に化けた法師
どんな伝承か
三十三間堂の近くにあった法住寺は、永延のころ太政大臣藤原為光が亡き娘忯子を弔うために建てたといわれる。その造営の監督を父の源光遠から任された近江守仲兼が、ある日報告を終えて牛車で帰る途中、東寺のあたりで日が暮れた。ふと後ろを見ると、父が罪を理由に追い出した次郎法師が白い直垂姿でついて来る。父を恨んで自分を狙っているのかと怒った仲兼が太刀を手に飛び降りると、法師は見る見る雲をつくような大入道になって消え、仲兼の髻をつかんで宙へ吊り上げた。仲兼が太刀で突き上げると生臭い血が降りかかり、気づけば地面に投げ出されていた。捜しに出た下人たちが、羅生門に近い道で気絶している仲兼を見つけたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪(早川純夫・早川純夫・妖怪史・1973年(昭和48年))
『日本の妖怪』は、早川純夫が一九七三年(昭和四十八年)に著した妖怪史の読み物である。『出雲風土記』『日本書紀』から『日本霊異記』『今昔物語』、江戸の『新著聞集』などの随筆までの古典に記された妖異を、かかわりのある実在の人物や事件とともに古代から近世へ時代順にたどる。全八章で、引用は意訳を交えて『』でくくり、仏教談や霊験談、地方の民話はおおむね除き、第七章には江戸の見聞録から選んだ二十話を並べる。