毎夜娘の顔をなめる番太の霊
どんな伝承か
広島の藩医・進藤寿伯の見聞録『耳の垢』(宝暦七年)には、磨屋町の番作兵衛という者が病死した際、貧しさゆえに弔いも取り置きも粗末であったため、毎夜その幽魂が現れて娘の顔をねぶったという記録が残されている。江戸封建社会の底辺で貧困から抜け出せぬまま窮死した父親の哀れな生涯が、この短い怪異譚の背後にうかがえる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪(早川純夫・早川純夫・妖怪史・1973年(昭和48年))
『日本の妖怪』は、早川純夫が一九七三年(昭和四十八年)に著した妖怪史の読み物である。『出雲風土記』『日本書紀』から『日本霊異記』『今昔物語』、江戸の『新著聞集』などの随筆までの古典に記された妖異を、かかわりのある実在の人物や事件とともに古代から近世へ時代順にたどる。全八章で、引用は意訳を交えて『』でくくり、仏教談や霊験談、地方の民話はおおむね除き、第七章には江戸の見聞録から選んだ二十話を並べる。