侍医当麻鴨継の一家を取り殺した鬼
どんな伝承か
餓え死にして鬼となった金峯山の聖人は、それから毎日のように染殿の后のもとへ現れ、后も術にかかったかのように鬼になついていった。やがて鬼は、かつて寝所で自分を取り押さえた侍医の当麻鴨継を蹴り殺し、その子どもたちまで一人残らず取り殺してしまった。恐れおののいた帝と藤原良房は、あらゆる高僧や修験者を集めて鬼を祓う祈禱をさせ、三か月ほどは鬼が姿を見せなかった。ところが帝が后の部屋を訪ねて泣く泣く事情を語っていると、鬼がまた部屋の隅から現れ、后は帝や従者の目の前で鬼と睦み合ったので、帝は泣きながら帰っていったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪(早川純夫・早川純夫・妖怪史・1973年(昭和48年))
『日本の妖怪』は、早川純夫が一九七三年(昭和四十八年)に著した妖怪史の読み物である。『出雲風土記』『日本書紀』から『日本霊異記』『今昔物語』、江戸の『新著聞集』などの随筆までの古典に記された妖異を、かかわりのある実在の人物や事件とともに古代から近世へ時代順にたどる。全八章で、引用は意訳を交えて『』でくくり、仏教談や霊験談、地方の民話はおおむね除き、第七章には江戸の見聞録から選んだ二十話を並べる。