稲荷講社の神示と異玉彦の一致
どんな伝承か
明治三一年三月、上田喜三郎が郷里の高熊山で神秘体験をしていたころ、静岡の稲荷講社では長沢雄楯が審神者を務める帰神の場で、丹波の上田喜三郎を呼べと名指しする神示が下ったとされ、翌四月には喜三郎を迎える使いが出されたという。同じ年の四月末、喜三郎は清水の稲荷講社を訪れ、そこで本田親徳の遺著を目にすると、高熊山で教えられた内容と一致していて驚いた。本田の神名を尋ねたところ、高熊山で鎮魂帰神の法を授けた霊人と同じ異玉彦であったという。
原典より
そこで本田親徳の遺著を目にしたところ、その内容が高熊山で教えられたことと一致するのに驚き、本田親徳の神名をたずねると、それはまさに異玉彦であった、という。—— 鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学)
『鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論』は、津城寛文が著し、春秋社から刊行された宗教学の研究書である。本田親徳・出口王仁三郎・浅野和三郎・友清歓真・川面凡児・田中治吾平・宮地水位など、近代以降の神道界とその周辺に現れた鎮魂行法家の系譜をたどり、その鎮魂帰神説や霊魂観をシャーマニズム研究の観点から整理する。序章と全七章からなり、第一章で行法家の群像を描き、第七章では「宗教的身体境界」の考え方によって鎮魂行法を類型化する。