神示の告げた八幡社境内のお土米
どんな伝承か
日月神示が出始めて二、三日後、神示に六月十四日付で、八幡社の境内を探せ、神の米が出ているから大切にせよという知らせが出た。岡本天明が奉仕する千駄ヶ谷の鳩ノ森八幡宮の境内を試しに探すと、本当に土米がたくさん出ていた。それでも天明はまだ神示を本気で信じきれず、信じられるようになったのは一年余り後だったと語った。お土米は二度目に千葉県の麻賀多神社の境内の北側からも出て、著者もその一部を分けてもらい、正体を確かめる分析を学者に頼みたいと願いながら保存しているという。
原典より
神の米(注・土米のこと)が出ているから、それを大切にせよ」という意味のお知らせが出たので、私が試みに探してみたら、本当にお土米がたくさん発生していました。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。