石城山を神界の地上の姿とした天啓
どんな伝承か
昭和二年、友清歓真は山口県熊毛郡田布施の石城山の山上にある石城神社で天啓を受け、石城山こそ宇宙の根本をなす神界、神集岳が地上に姿を現したものだという神示を得た。これにもとづいて、翌三年五月には神道天行居の本部を石城山のふもとへ移し、四年一一月一二日には日本神社を建て、その後も次々と神社を造営して施設を充実させていった。友清は天行居の枠組みが定まった昭和六年一一月に宗主の座を退いて世に出ない暮らしに入り、昭和二七年に没した。
原典より
昭和二年に、友清は山口県熊毛郡田布施の石城山上の石城神社で天啓を受け、石城山が宇宙根本の神界・神集岳の地上での表現である、という神示を得た。—— 鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学)
『鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論』は、津城寛文が著し、春秋社から刊行された宗教学の研究書である。本田親徳・出口王仁三郎・浅野和三郎・友清歓真・川面凡児・田中治吾平・宮地水位など、近代以降の神道界とその周辺に現れた鎮魂行法家の系譜をたどり、その鎮魂帰神説や霊魂観をシャーマニズム研究の観点から整理する。序章と全七章からなり、第一章で行法家の群像を描き、第七章では「宗教的身体境界」の考え方によって鎮魂行法を類型化する。