戻り橋に式神を封じた安倍晴明
どんな伝承か
安倍晴明は式神を操るのが得意で、館の戸の開け閉めまで式神にさせたという。一説に晴明の式神は十二神将で、その姿があまりに恐ろしいため、ふだんは一条堀川の戻り橋の下に縛りつけておき、用のあるときだけ呼び出したといわれる。あるとき播磨の老陰陽師が晴明の力を試そうと、童子二人を連れて弟子入りを願い出た。晴明は童子が式神だと見抜き、明日また来られよと帰したが、外へ出た老人に童子がついて来ない。晴明が呪で隠したのである。老人は戻って詫び、本当の弟子になった。橋の下の式神が女官と通じて子をなし、河原者の祖になったという伝説もある。
原典より
この神将の姿があまりに恐ろしいので、普段は一条堀川の戻り橋の下に呪縛(じゅばく)しておいて、必要なときだけ呼び出したといわれる。—— 呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・1992年(平成4年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・1992年(平成4年))
『呪術と占いの日本史』は、渋谷申博・瓜生中が平成四年に著した日本呪術史の概説書である。縄文の屈葬や土偶、卑弥呼の鬼道から中世の呪詛、近世のおかげ参りと「ええじゃないか」を経て、明治の神仏分離と修験・祈禱の禁止までを、記紀や史書の記事と民俗の断片から拾い上げる。古代・中世二章・近世の四章を小項目に分けて立て、表の歴史に現れない民間信仰を「闇」の系譜としてたどる。