東寺の南門に現れた紀州の老翁
どんな伝承か
東寺と稲荷の縁の深さを示すものとして引かれる、東寺金剛蔵の『稲荷大明神流記』に載る、いわゆる東寺所伝の稲荷縁起である。弘仁七年の初夏、修行の旅にあった空海は、紀州田辺の宿で、背丈八尺ほどの、ただならぬ姿の老翁に出会った。空海は霊山で交わした誓いを忘れていないと語り、ともに教えを広めようと、都の南西の九条一坊にある東寺に来るよう求め、老翁も必ず参じると約した。弘仁十四年正月に空海が東寺を賜ると、その年の四月十三日、紀州の化人は荷を担い、二人の女と二人の子を連れて東寺の南門に現れた。空海は喜んでもてなし、一行はしばらく柴守に身を寄せ、その間に利生の地を定め、七日七夜の法で壇を鎮めたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年))
『日本の憑きもの――俗信は今も生きている』は、石塚尊俊が昭和三十四年に著した研究書である。狐・犬神・蛇などの動物霊が人に憑くという俗信と、それを操るとされる家筋について、全国の伝承と近世以来の文書を集めて論じる。出雲・隠岐・豊後・土佐では筋の家の割合や縁組の偏りを調べ、憑きもの落としの行法や家の神とのつながりまでを七章で追っている。