大師を慕った牛の涙笹
どんな伝承か
伊深橋の左岸、大洞川の岸に茂るおかめ笹は、一年中葉の先が白く枯れているのが変わっていて、牛の涙笹と呼ばれていた。無相大師が伊深を去るとき、別れを惜しんだのは里人だけではなかった。大師に使われていた牛たちまでが後を慕って引き返そうとしないので、大師は牛を橋のたもとの笹に結わえて立ち去った。牛は人のように黄色い涙をこぼし、悲しげに鳴いたという。その涙がかかった笹の葉先は、それから枯れるようになったと伝わる。笹は昭和四十三年の集中豪雨で護岸が崩れ、復旧工事でコンクリートの護岸になったときに消えてしまった。
原典より
牛どもは人の如く黄色の涙を流して哀しく唸って泣いたという。—— 美濃加茂市史 民俗編――伝説(美濃加茂市(編)・美濃加茂市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
美濃加茂市史 民俗編――伝説(美濃加茂市(編)・美濃加茂市史)
『美濃加茂市史 民俗編――伝説』は、美濃加茂市の市史民俗編のうち、第一三章「俗信」と、第一四章「伝説 昔話 世間話」の総説および第二節「伝説」を収めたものである。天候・農事・人事にかかわることわざと俗信、民間療法、樹木の禁忌を挙げたうえで、伊深・蜂屋・太田・三和など市内各地区に伝わる三度栗、龍宮さまの淵、火塚、山男、かぶと淵などの伝説六十四話を記す。昔話・世間話の節は含まず、伝説の多くは題に伝承地区の名を添える。