替玉を探す郡司の長い旅
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どんな伝承か
吉実一行が釣に来た日は贄上納の一月前であった。数えると来年の当番は吉実であり、郷で十六、七になる娘は自分の一人娘だけだと分かる。思い悩んだ末、吉実は替玉を探そうと決め、下僕の五助と松平を連れて江戸へ下った。娘の身替りを求める高札を繁華な四か所に立てたが、止々井ノ沼の贄の噂は江戸まで届いており、人は集まらない。酔って遊妓に事情を話すと、似た容姿の女を浪速で見たと教えられる。浪速へ急ぐと女は郷里の九州松浦へ帰ったあとで、さらに西へ下った吉実は、落穂を拾う母娘に出会う。それが松浦の小夜姫であった。
原典より
吉実一行が釣に来た日は、贄を上納する八月十四日の一ヵ月前に当っていました。—— 胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))
岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。
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