トップ岩手県の伝承奥州市

大堤の人柱となった娘と松籟

所在地岩手県奥州市胆沢小山(大堤)
年代伝承
登場文覚、粂左衛門、源兵衛、お登勢、語り手、伝承者、築堤の指揮者、腹心、先代の築堤指揮者、文覚の恋人
出典胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説
広告枠(AdSense)

どんな伝承か

築堤を指揮した文覚は、二度の決壊と周囲の非難に耐えて大堤を築き直したが、完成した堤はまた崩れた。腹心の粂左衛門に励まされて工事を再開し、人柱を勧められて思い悩むうち、浪華から両親を尋ねて胆沢へ来た十七、八の娘が自ら人柱を申し出た。娘は文覚がかつて失った恋人お登勢に生き写しであった。娘は穴に身を躍らせ、工事は旬日で成った。堤は数百年を経て風雨にさらされた石畳を残すのみとなり、娘を弔った碑も分からず、傍らの老松の梢にむせぶ松籟に昔を偲ぶばかりだと伝える。

地図で位置を見る

※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))

岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。

種別から探す

人柱築堤

奥州市の伝承

広告枠(AdSense)

同じ種別の伝承

同じ文献『胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説』の伝承