掘り出された化粧坂の薬師如来
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どんな伝承か
慶長の頃のある夕暮れ、化粧坂の森を一人の修業僧が歩いていた。古びた衣を着て太い杖をついたこの僧は一円坊といい、この辺りが気に入ったように二、三歩あるいては立ち止まって四方を眺め、やがてここに小さな祠堂を建てて布教を始めた。代が続いて四代の明盛のとき、明盛が病名も分からぬ難病にかかり、名医名薬をもってしても平癒しなかった。ある夜、明盛は化粧坂の山中に仏像が埋もれている、それを掘って祀るべしという霊夢を感じた。告げられた場所を掘り起こすと一体の仏像が現れ、堂を建てて清め礼拝すると病は一夜にして癒えた。この仏像こそ小夜姫が贄に行く途中に納めたもので、今に伝わる化粧坂薬師如来であるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))
岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。
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