蟒蛇の祟りを祓った金剛像
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どんな伝承か
小山大袋の太郎兵衛が瑞神山へ茜草を刈りに行き、日が傾いて山を下ると、麓の谷に大きな老松が横たわっていた。行きにはなかったはずだと不審に思い、鎌を突き刺すとそれが動いた。橋のように渡って行くと、それは大木ではなく蟒蛇であった。太郎兵衛は顔色を失い、家に帰ると一言も発せずに床につき、うなり続けた。占い師に見せると大蛇の悪しき気を吹きかけられたためだという。家族と近隣の者が二体の金剛像を彫って八幡堂に奉納し平癒を祈ると、病は日ごとに快方に向かい全快した。像はおにおう様と呼ばれ、明治の初めに小山忠功寺の山門へ移された。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))
岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。
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