梶寄の娘の犬神憑きと名誉毀損の告訴
どんな伝承か
大正十年八月十一日の「大分新聞」が伝えた話。南郡東中浦村大字梶寄部落では犬神系の家庭を排斥する風習が甚だしかった。同部落の漁夫村上喜太郎の長女キヌエ(十六)は数年前から発作的に精神異状を呈する癖があり、七月二十三日の夜、突然寝所から跳ね起きて寝巻姿のまま戸外へ駆け出し、数町離れた水谷源十方の軒下で倒れて人事不省に陥った。両親は水谷の犬神が憑いたと断じ、近所の犬を集めて噛み殺させるぞと叫びながらキヌエの背を激しく殴打し、十五分ほどで蘇生させた。二十八日にも蛇のような恰好で這い出して源十方へ向かった。この誹謗で源十の妹は嫁ぎ先を離縁され、源十は名誉毀損の告訴を提起した。
原典より
そのキヌエが、去る七月二十三日の夜、突然寝所から跳ね起きたかと思うと、寝巻姿のまま、一目散に戸外へかけ出し、自宅から数町を距る水谷源十方の軒下に行き、そこでばったりたおれ、人事不省に陥つたのである。—— つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1953年(昭和28年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1953年(昭和28年))
『つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて』は、速水保孝が昭和二十八年に著し、柏林書房から刊行した憑きもの筋の研究書である。島根の狐持ちの家に生まれた著者が自らの体験を語り、破談や絶交など迷信が今も残す実例、蛇持ち・犬神・外道・とうびょうなど十一種の類別、人狐物語や松江藩の御触書、隠岐の訴状などの文献を取りあげる。後半では近世中期以後の新興地主と村八分から迷信の発生を説き、柳田國男と恒松安夫の序を付す。