実態の調査へ
どんな伝承か
著者は郷里である島根県大原郡加茂町を狐持ちの実態調査の場に選んだ。赤川の流域に開けた盆地に二一の部落が点在し、一三六五戸・八一三六人が暮らす過疎の町である。狐持ちは一一一戸で比率は八・二%、ただし平野部ほど高く山地に寄るほど低い。狐持ちには古い代数の家が少なく、最古で一三代、本家を名のるのは三八戸で、同時期に入村した移住総戸数の約一一%にあたる。この三八戸は一戸を除いて全部が頭分の富裕な農民であった。一代二五年で逆算すると、延宝頃から安永頃までの約一〇〇年間に加茂へ移り住んだ新参で富裕な他所者が、狐持ちに指定されたことになる。
原典より
私は便宜上、郷里である島根県大原郡加茂町を、狐持ちの実態調査の場所に選んだ。—— 出雲の迷信(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1975年(昭和50年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出雲の迷信(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1975年(昭和50年))
『出雲の迷信』は、狐持ちの家に生まれた国史研究者の速水保孝が、一九七五年夏のはしがきを付けて著した啓蒙書である。出雲・伯耆・隠岐に根強い狐持ち迷信を、自身の結婚や子ども時代の体験、柳田国男との対話、土佐の犬神統の調査、松江藩の文書、祈禱師と村八分の実例からたどり、家名や人名もほぼ実名で記す。わが家は狐持ちに始まる九章で、憑きものの意味、狐持ちの発生と実態、戦後の打破運動を述べ、狐持ちのなくなる日で結ぶ。