宇賀の物井を訪ねる
どんな伝承か
隠岐島前、西の島の宇賀にある物井は七、八〇戸ほどの、入海に面した宇賀で一番大きな部落である。海岸通りから少し入ったところに誓願寺という小さな寺があり、そのすぐ南隣に、屋根が傾き柱も朽ちて今にも倒れそうな古屋敷が残っていた。それが前原屋万蔵の旧宅であった。庭さきの老梅が一、二輪花を咲かせているのもひとしお哀れを誘う。聞けば先年、一家がすべて死に絶えたという。以来、人狐が憑くのを恐れて、誰一人この家屋敷を買おうとする者がないというのである。前原屋万蔵の家がここに至るまでには、この日を懸念した万蔵の涙ぐましく空しい努力の物語が残されている。
原典より
春まだ浅いある日、私は隠岐島前西の島宇賀の物井を訪ねた。—— 出雲の迷信(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1975年(昭和50年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出雲の迷信(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1975年(昭和50年))
『出雲の迷信』は、狐持ちの家に生まれた国史研究者の速水保孝が、一九七五年夏のはしがきを付けて著した啓蒙書である。出雲・伯耆・隠岐に根強い狐持ち迷信を、自身の結婚や子ども時代の体験、柳田国男との対話、土佐の犬神統の調査、松江藩の文書、祈禱師と村八分の実例からたどり、家名や人名もほぼ実名で記す。わが家は狐持ちに始まる九章で、憑きものの意味、狐持ちの発生と実態、戦後の打破運動を述べ、狐持ちのなくなる日で結ぶ。