枯れても代わりが生える郡山の相生松
どんな伝承か
郡山には、一番目の枝が雄松でほかの枝が雌松という、いわゆる相生の老松があった。とりわけ大きな一枝が郡山の表側に張り出し、遠くからも眺められたという。不思議なことに、一本が枯れると別の場所に代わりの松が生えてくると言われる。明治より前は貴船社の上手にあったが、のちに小学校の上の立岩に生え、明治に入ってからは尾崎丸にあり、明治十年ごろに枯れた。今もどこかに代わりの松が生えているだろうと語られている。国郡志によれば、郡山の麓の荒神社と貴船社の間に相生松があり、昔の老木は七、八十年前に枯れたという。
原典より
一本が枯れるとまたどこかにその代りが出来るのである。—— 高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史)
『高田郡史 民俗編――伝説』は、広島県高田郡の郡史の民俗編のうち、伝説の部である。吉田町・美土里町・甲田町・八千代町・高宮町・白木町などに伝わる八岐大蛇退治、毛利元就の百万一心、弘法大師のいろは石、つきものを落とすというはりいぶきの枯木などの話を、土地ごとに取り上げる。多くの話に、かつて村々から提出された「国郡志下調書出帳」の該当記事を原文のまま並べ、古い記録と今の語りとを照らし合わせている。