隆家がほめた冷たい千貫水
どんな伝承か
甲田町上甲立の可愛川沿い、国道の下に千貫水と呼ぶ清水がある。道のほとりに石碑が立ち、「此下川きし千貫清水あり」に続けて石亭野人の詩が彫ってある。碑のほとりを数十歩下ると、千貫水がかけひから流れている。宍戸隆家が五龍城にいたころ、この水を値千貫にも代えられぬと賞めたので千貫水と呼ぶようになったという。国郡志下調帳によれば、昔は山上に湧き代々の城主が深く愛したが、今は大道の下岸に湧き出てはなはだ冷たく、夏に川魚を放てば身を反らして泳ぐことができないと伝える。
原典より
宍戸隆家が五龍城にいたころ、この水を値千貫にもかえられぬと賞めたので千貫水とよぶようになったという。—— 高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史)
『高田郡史 民俗編――伝説』は、広島県高田郡の郡史の民俗編のうち、伝説の部である。吉田町・美土里町・甲田町・八千代町・高宮町・白木町などに伝わる八岐大蛇退治、毛利元就の百万一心、弘法大師のいろは石、つきものを落とすというはりいぶきの枯木などの話を、土地ごとに取り上げる。多くの話に、かつて村々から提出された「国郡志下調書出帳」の該当記事を原文のまま並べ、古い記録と今の語りとを照らし合わせている。