山頂に光り輝いた鎌倉寺の宝珠
どんな伝承か
向原町有留の鎌倉寺山には、かつて鎌倉寺という立派な寺があった。八百年ほど前、山頂に太陽のように光り輝く宝珠があり、諸国を修行して通りかかった栄西の弟子道昌がこれを見て喜び、天台宗の不陀落山鎌倉寺を建てて、宝珠とともに文殊菩薩を本尊に祀ったという。のちの住職永称は日蓮宗の僧日段との宗旨問答に敗れ、檀家ぐるみ日蓮宗に改めて寺を高源寺へ移した。寛文のころ高源寺の日在が再建したが、修繕が続かず再び廃寺となり、本尊の文殊菩薩は高源寺へ移された。宝珠は差し渡し八寸ほどだったと伝わる。
原典より
約八百年位前のこと、この山の頂上に太陽の如く光り輝やく宝珠の珠があった。—— 高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史)
『高田郡史 民俗編――伝説』は、広島県高田郡の郡史の民俗編のうち、伝説の部である。吉田町・美土里町・甲田町・八千代町・高宮町・白木町などに伝わる八岐大蛇退治、毛利元就の百万一心、弘法大師のいろは石、つきものを落とすというはりいぶきの枯木などの話を、土地ごとに取り上げる。多くの話に、かつて村々から提出された「国郡志下調書出帳」の該当記事を原文のまま並べ、古い記録と今の語りとを照らし合わせている。