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背広の神使に連れられ高熊山へ

所在地京都府亀岡市曽我部町穴太(高熊山)
年代明治31(1898)旧2月
登場喜三郎、松岡
出典亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界

どんな伝承か

天地大本大御神と書いた紙の前にひれ伏していた喜三郎が顔を上げると、目の前に背広姿の男が立っていた。男は、芙蓉山すなわち富士山に鎮まる木花咲耶姫命の使いの松岡だと名乗り、これから芙蓉山へ連れて行くと告げた。夢の中のような心地ながら、喜三郎は確かに耳でその声を聞いた。ふと我に返ると、夜の深山の静けさの中に座らされており、そこは自宅から西南へ半里の、穴太の高熊山の岩窟だった。明治三十一年三月一日、旧暦二月九日の夜のことという。著者は、これは話を神秘めかすための潤色ではなく事実だと断っている。

原典より

そこは自宅から西南に半里の地点、穴太の高熊山の岩窟であった。—— 亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言)

『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』は、「天下の浪士」を名のる加藤正民が、出口ナオと出口王仁三郎、教団大本の歩みを心霊の立場からたどった論考である。ナオの神がかりと筆さき、王仁三郎の出現と高熊山の修業、『霊界物語』の口述、二度の大本事件、晩年の陶芸と死までを、筆さきや関係者の証言を引いて述べる。全編を通じて二人に現れた霊流を「A」「B」と呼び、大本の出来事が後の国の出来事を先取りした「型」を論じる。

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