柴の渡と新屋百三段の由来
どんな伝承か
坂上田村麿将軍が蝦夷を征討したとき、河辺の女米木嶽にいた蝦夷の首長夜叉鬼が男鹿へ逃げた。将軍の軍勢はこれを追って新屋まで来たが、雄物川に船がなくて渡ることができず、柴を百三駄集めて筏を作り、ようやく渡ることができたという。このことから、のちに新屋を百三段といい、この渡しを柴の渡というようになったと伝えられている。
原典より
坂上田村麿将軍蝦夷征討の折に、河辺の女米木嶽にいた蝦夷の首長夜叉鬼が、男鹿に逃げたので、将軍の軍勢がこれを追って新屋まできたが、雄物川に船がなくて渡ることができず、柴百三駄を集めて筏を作って、ようやく渡ることができたとい…—— 日本伝説大系 第2巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第2巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第2巻』は、岩手・宮城・秋田の三県に伝わる伝説を話の型ごとに集めた伝説資料集である。山の争いや沼の主の手紙、巨人の足跡、八郎太郎、ザシキワラシ、河童、掃部長者などの伝説を、口承の聞き書きと近世以降の地誌・縁起から採る。凡例のとおり各項は伝承地を示した例話を冒頭に据え、〔類話〕〔文献〕〔参考〕を続け、柳田・高木による話型名を添えた項もある。