合子ヶ作の地名と生き返った焼鮒
どんな伝承か
かつて親鸞聖人が越後へ流された際、国府に二年、鳥屋野に三年滞在した。その教化の折に山田へ来られ、この社を信仰されたという。建暦元年十一月十七日に赦免があり、上人が鳥屋野の里を発つとき、老若男女が別れを惜しんでこの社まで見送り、手作りの酒を献じた。それを一つの器に移して召し上がったので、この所を合子ヶ酒といい、のちに合子ヶ作と書き伝えるようになった。またある人が焼いた鮒を酒の肴に差し上げたところ、上人が焼酎を洗い水に入れると鮒はたちまち生き返り、いまもこの流れの鮒には焼いた跡があるという。寛政八年の春、風のために袈裟を掛けられた榎の枝が一本折れ、その枝を挽き割ってみると、木目に上人の姿と鮒の形がはっきり現れたと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第3巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第3巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全65話(山形・福島・新潟)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。