飯山の南に建つ建福寺の縁起
どんな伝承か
隠岐の元屋村、飯山の南に建福寺という寺があった。かつては国内の曹洞宗を束ねる立場にあったという。寺には縁起と称するものが伝わり、その略に願主源左金吾義尚がこれを造ったとあり、貞和五年二月二十三日の日付と天長樹興が書いた旨が記される。巻末には別に勅諡国済国師と書かれていた。縁起の文章は俗にして野であると評されている。寺は山の腰にあって松竹が鬱蒼と茂り、東は開けて眺めがよい。庭前には白桜があり、花が開く年は必ず実りがよいので世間桜と呼ぶ。門を下った南の岡には霊護庵という僧舎があり、かの国師の墓があるためにその名を得たという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第11巻』は、山陰の鳥取・島根両県の伝説を集めた日本伝説大系の一巻である。矮姫による穀物の伝来、大山の山くらべ、伯耆の白兎、雲州皿屋敷、七尋女房、牛鬼、隠岐の後鳥羽上皇などを、伝承地を明記した口承の例話で示し、類話と近世以降の文献を添える。「文化叙事伝説」「自然説明伝説」の部に分けて話ごとに番号を付し、凡例のとおり例話・類話・文献・参考の順に並べ、多くの話に高木・柳田による伝説名を添える。