伯父を斬って千人斬に出た弁慶
どんな伝承か
弁慶が母の胎内にいたころ、母は毎日鉄を食べていたため、生まれた弁慶は並外れて力が強かったという。七、八歳のころは乱暴が過ぎて母も愛想を尽かし、沖の小島へ棄ててしまった。弁慶は毎晩、着物の裾に砂を詰めては海へ運び、ついに土手を築いて家へ帰り着いた。母は今度は鍛冶屋の伯父に預けたが、弁慶は伯父が薙刀を打つのを見て、誰が頼んでもよい薙刀を打つのかと尋ねた。伯父が金さえもらえればと答えると、弁慶はその薙刀で伯父を斬り、五条の橋へ出て千人斬りを始めたのだと語り伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第11巻』は、山陰の鳥取・島根両県の伝説を集めた日本伝説大系の一巻である。矮姫による穀物の伝来、大山の山くらべ、伯耆の白兎、雲州皿屋敷、七尋女房、牛鬼、隠岐の後鳥羽上皇などを、伝承地を明記した口承の例話で示し、類話と近世以降の文献を添える。「文化叙事伝説」「自然説明伝説」の部に分けて話ごとに番号を付し、凡例のとおり例話・類話・文献・参考の順に並べ、多くの話に高木・柳田による伝説名を添える。