乙女ヶ池
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どんな伝承か
松江大橋はかつて竹橋で、からから橋と呼ばれていた。戦国武将の堀尾吉晴が木橋への改築を決めたが、川の急流により工事が難航し、人柱を立てることになった。工事を統括した大工の棟梁・源助は、袴に横つぎのある者という条件で、自らの袴にその特徴があったため、自身を人柱として捧げた。その後、毎年八月に橋のたもとで源助の追善供養が営まれている。後に松江大橋は石橋へと改築された。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。
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松江市の伝承
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