嘉瀬津に迎えられた俊寛の最期
どんな伝承か
嘉瀬はもと鹿瀬と書き、その庄は平教盛の領地であった。ここにいた荒木乗観入道は、教盛の女婿で流人の一人である藤原成経らに衣食を送っていたという。成経と平康頼が赦されて都へ帰るとき、乗観はまず二人を嘉瀬津へ迎えたが、そのとき俊寛もひそかに伴われて来たと伝わる。成経と康頼はやがて上京し、俊寛は病に臥してこの地にとどまり、三十七歳で世を去った。法勝寺には俊寛がかわいがっていた蝦蟇が石になったという蝦蟇石も残る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。