意玄の軍勢にちなむ中川の地名
どんな伝承か
旧中川村の村誌には、長尾意玄入道とその軍勢にまつわる地名がいくつも書き留められている。一の木戸は熊倉城の最初の木戸の跡とされ、鳩の湯は傷ついた兵が鳩の湯浴みを見て自分も鉱泉に浸かり傷を癒やした所という。矢の沢は兵が矢を放った所、矢通反はその矢が通り抜けた所、矢崎は矢が落ちた所と、一本の矢の軌跡が地名になって並ぶ。今の日野芦の平にある飯米場は士卒に兵糧米を配った所、馬立は馬をつないだ所とも乗馬の稽古場ともいい、旗は戦旗を立てた所、的場は弓の稽古をした所と伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父の伝説と方言
『秩父の伝説と方言』は、秩父市教育長鶴沢福松の序を付し、編集委員が執筆整理にあたって編んだ秩父地方の伝説と方言の集成である。秩父市と秩父郡に伝わる伝説を集め、武甲山麓のジジイ・ババア石、橋立鍾乳洞の悪龍、畠山重忠や坂上田村麻呂にまつわる話、伐ると祟る天狗松などを語り口調で記す。伝説は石・水・塚・屋敷跡・山と人物・地名・社寺および城跡・木に関する八つの部に分け、話によっては他地方の類話を注記する。