日尾城を守り抜いた妙喜尼
どんな伝承か
小鹿野町倉尾の大字日尾の南、旧三田川村との境に、わずかな平地を残す日尾城の跡がある。寛正二年の築城と伝える郡内最大の山城で、北条氏邦の家老諏訪遠江守定勝が守っていた。定勝は無類の酒好きで、敵味方に知れ渡っていた。永禄十三年二月二十八日、客をもてなして酔い潰れていたところへ甲州武田勢が不意に攻め寄せた。定勝の妻は甲冑を着けて夫に代わり高楼に上がり、兵を静めて指揮を執り、先鋒の山県三郎兵衛の軍を三山方面へ退けた。しかし夫はこの戦で亡くなり、遠山丹波守尚景の娘であった妻は髪を切って妙喜尼と名乗り、夫の冥福を祈り続けたという。
原典より
秩父郡の外郭、倉尾(小鹿野町)大字日尾の南方、旧三田川村との境上に、今は僅かに十間四方の平坦地を残しているにすぎませんが、往古の甲州勢との激戦を偲ばせる日尾城の跡をたづねることができます。—— 秩父の伝説と方言 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父の伝説と方言
『秩父の伝説と方言』は、秩父市教育長鶴沢福松の序を付し、編集委員が執筆整理にあたって編んだ秩父地方の伝説と方言の集成である。秩父市と秩父郡に伝わる伝説を集め、武甲山麓のジジイ・ババア石、橋立鍾乳洞の悪龍、畠山重忠や坂上田村麻呂にまつわる話、伐ると祟る天狗松などを語り口調で記す。伝説は石・水・塚・屋敷跡・山と人物・地名・社寺および城跡・木に関する八つの部に分け、話によっては他地方の類話を注記する。