山を背負った大坊様と縄かけ山
どんな伝承か
昔、本宮の方から身体の大きい力のある坊様が、それはそれは大きい山を背負って南へ南へ歩いて来たという。黒い衣を着て、帯は布を太くよじった縄で締め、空脛に歯の高い大きい下駄を履き、影になった方が暗くなるほどであった。川田を通ったとき、履いている下駄の歯に土がたまり、振り下ろすとその土は飛んで大槻の南の堂山となり、抜けた跡には二つ並んだ歯抜き池ができた。坊様はさらに大槻を通って多田野へ行き、背負った山が重くなって多田野の南へ落としたという。それを縄かけ山と呼び、山の南は縄で木の根が擦れて木が生えないという。
原典より
昔、本宮の方から身体の大きい力のあるお坊様が、それはそれは大きい山を背負って、南へ南へ歩いて来たという。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。