子の喧嘩の示談がこじれ三人が死ぬ
どんな伝承か
明治四十二年五月、平田村の上村新吉の十三歳の子が、一つ年下の原文十郎の子の鼻の癖をからかってはいじめていた。泣いて帰った子を見た文十郎は怒り、新吉の子を青竹で打って腰と脚に大けがを負わせた。周旋を頼まれた金本三十郎の骨折りで十五円の示談がまとまり、仲直りの盃も交わしたが、病院から戻った新吉の妻は、一生不自由な体になるかもしれないのに安すぎると激しく責め、話を覆すよう迫った。文十郎は済んだ話を翻すなら訴えると詰め寄り、板挟みになった新吉は愛宕山の松で首をくくり、弟の喜作も同じ場所で後を追った。面目を失った三十郎も遺書を残して文十郎の家で腹を切り、三人が相次いで死ぬ奇談となった。
原典より
明治四十二年五月、平田村ノ上村新吉子某、年十三、同村ノ原文十郎子某、年十二、喧嘩シテ、関係セル者三人、死スルニ至ル。—— 岩邑怪談録(広瀬喜尚(増補:今田純一/続録・編:藤田葆/付録:静間密/昭和版編集:宮田伊津美)・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
岩邑怪談録(広瀬喜尚(増補:今田純一/続録・編:藤田葆/付録:静間密/昭和版編集:宮田伊津美)・1976年(昭和51年))
『岩邑怪談録』は、岩国藩士広瀬喜尚の怪談録に後人の増補と続録を合わせ、岩国徴古館が昭和五十一年に発行した資料集である。岩国周辺で人々が出会った化物・大坊主・生首・怪火・狐狸・天狗倒し・幽霊などの話を収め、藤田葆が編んだ『岩国沿革志』のうちの二冊を底本に、なるべく原文のまま新字に改めて載せる。広瀬の本録に、今田純一の追加、藤田の続怪談録と実事談・変死、静間密の付録五話を続け、巻末に語注を付す。