深瀬の犬飼平から飛び去った宍戸司箭
どんな伝承か
甲田町上甲立の五龍山の中腹に、宍戸司箭を祀る宍戸司箭神社がある。司箭は宍戸元家の三男で下総守家俊と名乗り、幼いころから武芸に励んで由利刑部から薙刀と剣法を受け継ぎ、愛宕の神に祈って修行を重ねた末に神通力を得たという。貫心流の剣法と司箭流の薙刀を開いた流祖として広く知られたが、元亀元年四月四日、深瀬の犬飼平から空を飛んで去り、山城の愛宕山に入ったと伝わる。愛宕山の本殿の脇殿にはその像があるという。この社の祭日に仕事をすると烏に作物を荒らされるといって、土地の人は昔から休んできた。
原典より
この宍戸司箭も感ずるところがあって元亀元年四月四日深瀬の犬飼平から飛行自在の神通力をもって飛去り、山城国愛宕山に入ったという、…—— 高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史)
『高田郡史 民俗編――伝説』は、広島県高田郡の郡史の民俗編のうち、伝説の部である。吉田町・美土里町・甲田町・八千代町・高宮町・白木町などに伝わる八岐大蛇退治、毛利元就の百万一心、弘法大師のいろは石、つきものを落とすというはりいぶきの枯木などの話を、土地ごとに取り上げる。多くの話に、かつて村々から提出された「国郡志下調書出帳」の該当記事を原文のまま並べ、古い記録と今の語りとを照らし合わせている。