親に見せた田の中の松島
どんな伝承か
昔、山崎部落に村一番の長者がいた。何一つ不自由はなかったが、年老いて働けない身となった。長者には親孝行な子供がおり、長者は毎日、松島を見たいと口癖のように言った。しかし当時は馬や駕籠しかなく、老いた身に乗物はいけないと医者に止められていたのでどうにもならない。子供は思い悩んだ末、松島へ行かずとも見られるよう、家の前に松島と同じ形の建物を作ろうと考えた。大勢の人夫を雇い、自ら先立って励み、一年余りで完成させた。長者を木の舟に乗せて見せると、満足そうな顔を見た子供は一層喜んだという。今は一面の田だが、祠と赤い建物だけが残り、松島稲荷と呼ばれている。
原典より
昔、山崎部落に村一番の長者がおりました。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。