賊を隠した鎮守・盗人神
どんな伝承か
船橋部落の田圃の中に春日神社がある。明治までは老杉が鬱蒼と茂り昼でも暗かったという。祭神は手力男命で、一名を戸蔭神社といい、船橋村の鎮守として祀られた。この社はいつの頃からか盗人神と呼ばれ、寛政年間に上杉藩が作製した図面にもそう記される。『屋代神社霊験記』には、渡会彌三郎が夜中に富士野という広い原にかかると檜の茂る中に祠堂があり、そこに山賊が巣くって昼は乞食を装っていたので人々が盗人神と呼んだとある。『待定法師伝』には、渡会十郎左衛門の家来六十二人が戸蔭神社に立てこもり、役人が遠巻きにして迫ると一人もいなくなり、氏神が賊を隠したのだと伝える。
原典より
船橋部落の四方の田圃の中に春日神社がありますが、明治時代までは、境内鬱蒼と老杉が茂って昼でさえ暗い程だった。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。