時沢の大師森山に残る石棺
どんな伝承か
安念大師は屋代の時沢にある大師森山の中腹で入寂したと伝えられ、今も石棺が残る。石棺は県内で大山のものと時沢のものの二つしか見つかっておらず、置賜では貴重なものとされる。大師は釈円仁の高弟で、元慶寺の遍照について胎蔵界の教えを研究した名僧であった。出生地については、豪忠の「伊豆走湯山縁記」に相模国星谷の生まれとあり、三井敬光の「五大尊者賛」には出羽の人で志田義次の長男とあって、いずれが正しいか分からない。亮潤の書には出羽置賜時沢山の岩窟に入寂したとあり、時沢の妙法院の所伝では延喜五年二月十九日の入寂という。今も大師森山には安念の洞窟があり、霊地とされている。
原典より
安念大師は屋代の時沢の大師森山の中腹に入寂されました。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。