三万石の大名と言われた邸の全盛
どんな伝承か
平主計の全盛期は文化・文政の頃であったという。屋敷は一町一反一畝十六歩あり、邸内には広壮な住宅と七棟の土蔵、ほかに米倉・荷物倉・酒倉・穀倉・金倉・雑倉、さらに機織小屋や木小屋が隙間なく立ち並び、庭には築山と池があって周囲を土堤が巡っていた。表門・東門・西門があり、住宅は長さ二十二間、幅八間。茶の間は二十畳、上段は十八畳で贅を尽くしたという。常住の雇人は三十五、六人、牛五頭と馬一頭を飼い、囲炉裏には一束の柴をそのまま燃したと伝えられる。生活は三万石の大名のようだったが、幕末に酒田から塩を買い占めて失敗し、明治八年の大晦日に出火して幾十棟の建物は灰燼に帰した。跡地には和田小学校が立っている。
原典より
平主計の全盛期は文化・文政期であったといわれております。—— 高畠町伝説集(昭和三十二年(1957)刊/高島高校文芸班編) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(昭和三十二年(1957)刊/高島高校文芸班編)
山形県東置賜郡高畠町(屋代・亀岡・和田・二井宿・糠野目・高安・露藤ほか各地区。一部は隣接の米沢市・南陽市宮内・長井市)に伝わる伝説を、神仏/人物/怪異/動物/什物/地物/地名/地誌 の八篇に分類して集成する。屋代神社の鬼女縁起、犬の宮・猫の宮、安久津八幡、狐狸むじなの化かし、天狗・怪物・沼の怪、青葉の笛や応挙の幽霊画、伊達・上杉の城館跡や古戦場、地名由来など、高畠の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地区つきで網羅する。