善蔵坊で大入道と組み合う作男
どんな伝承か
天保年間、露藤の小佐家彦左工門に雇われていた作男に二平という男がいた。上郷上浅川の者で、力自慢の頑健な男であった。二平は主人の家に泊まらず、朝早く出て一日働き、夕飯を馳走になると浅川の自宅へ帰るのが常であった。ある雨の暗い夜、小佐家から中島へ行く途中の善蔵坊にさしかかると、行く手に八尺もあろうという大入道がぬっと現れた。二平は力比べだと組みつき、上になり下になって格闘の末、遂に組み伏せて拳を振り上げて打った。ところが大入道の姿は煙のように消え失せ、気づけば塚の上に跨っていた。寂しくなった二平は一目散に家へ帰ったが、それきり病床につき、一月ほどで死んだという。善蔵坊は昔寺院のあった所と伝わる。
原典より
天保年間のことですが、露藤小佐家の彦左工門に庸われている作男に二平という人がおりました。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。