きつけ原に集った十四の狐火
どんな伝承か
入生田の百野部落から糠野目へ通じる旧街道の傍に、きつけ原と呼ばれる野原がある。昔、入生田に御殿が建てられた時、松川から和田川へ材木を積んだ船が往来し、ここで陸揚げしたので木着け原の名が付いたという。和田川を挟んだ寂しい所で、狐や狸が巣くい、人を化かすことも度々であった。今から百七十年ばかり前、某が真夜中に起きて眺めると、きつけ原の方に沢山の狐火が見えた。翌夜、和田川の傍の小祠の陰に隠れて待つと、御殿林の方から一つ、次いで西の川から三つと集まり、遂に十四匹が集まって離合を繰り返した。やがて一匹も見えなくなり、帰ろうとすると道がわからなくなって疲れ果て、翌朝、松川近くの古川端で見つけられた。
原典より
入生田百野部落から糠の目に通じる旧街道の傍に「きつけ原」と呼ばれている野原があります。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。