まんかい上人が庵を結んだ萬海壇
どんな伝承か
立石の葡萄園へ通じる道路の傍らに、九尺四方の土壇がある。村人はこれを「まんかい壇」と呼んでいる。昔「まんかい上人」という傑僧がいたらしく、ここに庵を結んで静かに神仏に仕えていたと言われる。近くには今も昔も変わらずこんこんと湧き出る清泉があり、萬海和尚が使用した清水だと伝えられている。「矢子の城下に萬海とよぶ半目の行者がおって、伊達氏に仕えた修験者であった」とも伝わる。当時は熊野詣が盛んで、紀州熊野詣にも羽黒詣にも先導者が必要であり、関所も先導者があれば容易に通れたらしい。萬海上人は永祿十年八月三日、伊達政宗の生まれた時に没したと言われ、仙台の瑞鳳殿に墓があるという。
原典より
立石葡萄園へ通ずる道路の傍に九尺四方の土壇があります。—— 高畠町伝説集(昭和三十二年(1957)刊/高島高校文芸班編) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(昭和三十二年(1957)刊/高島高校文芸班編)
山形県東置賜郡高畠町(屋代・亀岡・和田・二井宿・糠野目・高安・露藤ほか各地区。一部は隣接の米沢市・南陽市宮内・長井市)に伝わる伝説を、神仏/人物/怪異/動物/什物/地物/地名/地誌 の八篇に分類して集成する。屋代神社の鬼女縁起、犬の宮・猫の宮、安久津八幡、狐狸むじなの化かし、天狗・怪物・沼の怪、青葉の笛や応挙の幽霊画、伊達・上杉の城館跡や古戦場、地名由来など、高畠の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地区つきで網羅する。