星卯吉が石に刻んだ上新田八景
どんな伝承か
明治のころ、高畠町の新田に星卯吉という者がいた。文優堂と称し、また茂満とも号した。卯吉は「上新田八景」を撰して木版に刻し、さらに上新田橋付近の墓地の石にも刻んで残したという。八景は「長橋の夕照」「松川の落雁」「戸塚の暮春」「吾妻の秋月」「新路の夜の雨」「若神子の帰帆」「公園の晴嵐」「松ヶ崎の晩鐘」で、いずれも土地の地名を詠み込んだ和歌が添えられている。
原典より
明治の頃、新田に星卯吉という者がおりまして、文優堂と称し、又茂満とも号しました。—— 高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高畠町伝説集(山形県立高畠高等学校文芸班(編)・1957年(昭和32年))
『高畠町伝説集』は、山形県立高畠高等学校文芸班が熊木成夫教諭の指導で編み、昭和三十二年に高畠町伝説集刊行会から発行した伝説集である。高畠町とその周辺に伝わる社寺の縁起、人物、怪異、動物、地名の由来などを、古老からの聞き書きと古記録から採り、内容の多くは郷土研究家安部名平次の蒐集による。神仏・人物・怪異・動物・什物・地物・地名・地誌の八篇に分け、町長の序と校長・安部名平次・武田好吉の文、編者の後記を付す。