三年間死ななかった荒次郎義意の首
どんな伝承か
中世末期の軍記『鎌倉公方九代記』にも、将門の首の逸話に触れた箇所がある。相模の豪族三浦道寸の子、荒次郎義意が三浦半島の新井城で北条の大軍を迎え撃ち、衣川の弁慶のように立ったまま死んだ場面である。その首は血走った眼を見開き、髭を逆立てたまま三年のあいだ死なず、北条方が験ある僧を招いて供養し、一首の歌を手向けるに及んでようやく眼を閉じたという。同書はこれに続けて、異朝には眉間尺の首が死なずに楚王を殺したこと、本朝では将門の首が三年まで死ななかったが「将門はこめかみよりぞ切られける」の秀句によって眼を閉じ肉が消えたことを記す。東国の武士がこの逸話を豪傑の象徴として受け止めていたことがうかがえる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。