材木座の松林に眠る九百体
どんな伝承か
鎌倉攻めでは、東勝寺で北条高時に従った八百七十人が一度に腹を切った。江戸期の学者室鳩巣は駿台雑話でこれに驚き、暗君と言われた高時の最期に古今に例のないほど多くの義士が出たのは、北条代々の善政と、恥を重んじる鎌倉の気風のためだと述べている。昭和二十八年、材木座の松林から九百体ほどの人骨が掘り出された。頭の骨に刀傷のあるもの、手足の骨が損なわれたものが多く、いずれもこの攻防戦で命を落とした北条方の武者や郎等をまとめて葬った場所だったとみられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の史実と伝説(小森良章・昭和五十年(1975)刊)
小森良章『神奈川の史実と伝説』(昭和50年=1975刊)を、史実につながる伝説十一篇を節単位で全59事例として収録。