トウモロコシを作らぬ谷戸
どんな伝承か
武士が戦に明け暮れた時代、箱根の激戦で部下の大半を失った藤原氏の子孫という武士二十人が、追手を逃れて野川の谷戸へ落ちのびた。人家のない笹藪の谷に小屋を建てて住みつき、傷が癒えると若者は仇討ちを唱えたが、頭領は命を捨てるのは犬死にだと説き伏せ、一族の平穏を願って姓を安斉と改め、自らは権六と名乗った。半年後、谷に不似合いなトウモロコシの実りが敵に怪しまれて居場所が知れ、葉陰に潜んだ大軍が押し寄せた。一族は長持から刀や槍を出して防いだが次々に倒れ、権六だけが生き残った。権六は死者を弔って農民として生きることを誓い、子孫は恨みのこもるトウモロコシを作らなくなったという。この集落が権六谷戸である。
原典より
地名の伝説 二三九解説・索引 巻末—— 神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。