蒲の字と蒲谷姓の由来
どんな伝承か
建久四年(1193)、梶原景時に攻められた源範頼は伊豆の修善寺を脱出し、現在の横須賀市追浜の海岸に上陸したと伝わる。土地の漁師平兵衛にかくまわれた範頼は、のちに横浜市金沢区片吹町の大寧寺で自害する際、恩人平兵衛に「蒲」の字を授けた。平兵衛はこれに「谷」の字を加えて蒲谷姓を名乗ったという。現在も追浜から金沢区にかけて蒲谷姓の家が百軒以上あり、平兵衛の子孫のほか、維新後に姓を持たなかった近辺の漁民や農民が由緒を求めて名乗った例も多いという。以前は範頼の命日である八月二十四日に、蒲谷姓の人々が大寧寺へ墓参りに訪れていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。