鏡ヶ池に身を投げた遊女采女
どんな伝承か
浅草玉姫町の出山寺の境内には、采女塚の跡と称する碑が二基残る。往時、寺の門前から南にかけては大きな池で、これが鏡ヶ池だった。寛文のころ、葛飾郡飯塚村中山院の若僧林山が吉原雁金屋の遊女采女と深い仲になり、寺の金に手を付けて破門となる。逢う手立てを失った林山は雁金屋の軒先で喉を突いて死んだ。相手を失った采女もわが身をはかなみ、寛文三年六月の夜半に廓を抜け出し、浅茅ヶ原の鏡ヶ池へ身を投げた。翌朝、松の枝に掛かった着物の袂から辞世の短冊が出て身元が知れ、朋輩たちが葬って築いたのが采女塚だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
江戸傳説(佐藤隆三)
佐藤隆三編『江戸傳説』を全42話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。