洪水の濁流で馬を止めた駒止石
どんな伝承か
本所横網町二丁目の旧安田邸、今の公園の東南隅の築山に、周り二間ばかりの平たい御影石があり、竹柵をめぐらしてある。これが駒止石である。寛永九年七月二十四日から三日間の大降雨で隅田川が氾濫し、浅草から高橋あたりまで両岸が水浸しとなる未曾有の大洪水となった。二十七日にようやく雨がやみ、三代将軍家光が被害検分のため浅草駒形に出た。対岸の様子を見てくる者はないかとの厳命に、誰も激流へ馬を乗り入れられずにいたところ、進み出てざんぶと乗り入れたのが阿部豊後守であった。続いた家老の弾右衛門は、流木が馬の胴腹に当たって溺死した。豊後守は、疲れ切った馬が濁流に呑まれようとしたとき、蹄が大石に触れて危うく踏みとどまった。それがこの石で、以来駒止石と呼ばれるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
江戸傳説(佐藤隆三)
佐藤隆三編『江戸傳説』を全42話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。