家光を落馬させた土橋下の地蔵
どんな伝承か
三代将軍徳川家光が高田馬場へ野がけに出た道すがら、早稲田村にさしかかったところ、乗っていた馬が突然いなないて棹立ちになり、家光は鞍から振り落とされた。供の役人たちは、これほどの乗り手が落ちるとは腑に落ちぬとして、村人を集めて周辺を探らせた。すると曇川に架かる土橋の下から地蔵が一体現れた。家光はこれに落馬地蔵尊という名を与え、堂を建てて手厚く祀らせたという。この地蔵は戦前まで等身大の大きなものだったが、戦災で壊れ、今は別の像が据えられている。
原典より
時代 江戸時代 寛永三年(一六二六)四月三代将軍徳川家光は、高田馬場へ野がけに出かけた。—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会)
新宿区教育委員会編『新宿と伝説』を全62話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。