沈められた矢口の渡と義興の怨霊
どんな伝承か
竹沢良衡は江戸遠江守堯覚と語らい、鎌倉に義兵を挙げようと言葉巧みに新田義興を誘い出した。延元三年十月十日の暁、義興は主従十四人で発つ。良衡らは先回りして矢口の渡の舟底をくり抜き、栓を差して両岸に伏兵を置いた。舟が川中に至ると渡守は栓を抜いて逃げ、義興主従はあえない最期を遂げる。以後、堯覚は雷雨のなか怒れる義興の姿を見て落馬して絶命し、畠山入道も落雷に打たれ、良衡も狂い死んだ。渡には夜ごと光る怪物が出たので、里人が遺骸を舟ごと埋めて塚を築き、新田大明神として祀った。塚は荒山と呼ばれ、今も手を触れる者がない。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
江戸傳説(佐藤隆三)
『江戸傳説』は、佐藤隆三が著した江戸と東京の伝説集である。将門の首塚、番町皿屋敷、お玉ヶ池、置てけ堀、縁切榎、矢口渡など、市中と近郊の塚・池・坂・井戸・寺社にまつわる由来譚や、化け狐・猫又の怪異を、『江戸名所図会』『将門記』などの記録を引きつつ語る。目次に四十の項を番号順に並べ、口絵の図絵と目次番号に対応した伝説分布図を添え、巻末に資料参考書目を付す。