栗ケ崎旅人の墓の幽霊火
どんな伝承か
八幡東区枝光に製鉄所ができる前、海岸には塩田が広がっていた。高見神社の宮山から峰続きの栗ケ崎の中腹、大きな松の下に「旅人の墓」と呼ばれる七、八基の墓があり、小雨の晩にはそこから幽霊火が出るといって近寄る者がなかった。由来は二つ伝わる。一つは、美しいお島が塩浜の親方に恋人を追放されて前途を悲観し、塩浜の門填で首をつって死に、村人が旅人の墓に葬ってから火が出るようになったという話。もう一つは、広島から来た女親分が塩の不足をお島のせいにして責め、耐えかねたお島が自殺したという話で、のちに塩泥棒は女親分自身と判明し、死骸には掃き寄せるほどのシラミがたかっていた。お島がシラミになって責め殺したともいう。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北九州市史 民俗(北九州市・北九州市史)
『北九州市史 民俗』は、北九州市が編んだ市史の民俗編である。ここに収めるのはその第三編「信仰伝承」第一章「信仰」の第二節以降で、門司・小倉・若松・八幡・戸畑の各区に伝わる聖地と忌地、神仏信仰、神事と法会、巡礼、巫者・祈禱師、信仰集団、狐憑きや犬神などの憑霊・霊異現象を記す。節ごとに地区と地名を挙げて事例を並べる編み方で、祟る石や産女石、落人の墓なども忌地の項に見える。