安産の聖観音を守る観音講
どんな伝承か
天籟寺の観音講は、土地を上方と下方の二組に分けて営まれた。上方は座元を順に回したが、下方はいつも大岡家が座元を務め、当番はご馳走をこしらえて運び込んだ。大岡家には、小倉騒動の折に城から逃れようとした奥方が身を寄せた際に残したという穴生寺の聖観音像があり、いまも安産の仏として信心を集めているためである。毎月十七日の夜、上方は座元の仏壇の前、下方はこの観音像の前で御詠歌をあげ、そのあと会食した。膳は各戸から集めた米の握り飯に、季節の野菜や焼き豆腐の煮付けなど精進の菜を添えたもので、子や年寄りも連れ立って参った。農村だったころは盛んだったが、昭和の初めには絶えた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北九州市史 民俗(北九州市・北九州市史)
『北九州市史 民俗』は、北九州市が編んだ市史の民俗編である。ここに収めるのはその第三編「信仰伝承」第一章「信仰」の第二節以降で、門司・小倉・若松・八幡・戸畑の各区に伝わる聖地と忌地、神仏信仰、神事と法会、巡礼、巫者・祈禱師、信仰集団、狐憑きや犬神などの憑霊・霊異現象を記す。節ごとに地区と地名を挙げて事例を並べる編み方で、祟る石や産女石、落人の墓なども忌地の項に見える。